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最近話題の「困ってる人」という本を立ち読みしたが
引き込まれて危険、買わずにいる
あんなにユーモア込めて病気を書けない
私も書いてみたい、あんなふうに面白く

著者の大野さんが、難病の人の社会で過ごす時の困難さを表現できるのは
ビルマ難民の立場を構造の部分とともに外からみた経験があるからと思う
私も難病だけど(障害だけど、難病の範疇)
先天性ではその辺壁があって、伝わる表現を生むことが難しい

それと、私は困っていないのだと気が付いた
困っている状況が軽くもあるし、持続しない
私が感じる先天性心疾患の困難さは
体調の揺れや周囲との関係の中で起きる

そもそも、困っている状態があっても
注意深くない他人は認識できない
助けるにはエネルギーがいるから見ないかも
制度は状況が確定するまで受け入れない
だから福祉制度で解消できない

それでも困った事は途切れ途切れに現れては
極細かな点々模様が一見無地に見えるように
埋もれてしまうのだ(まるで江戸小紋のように)
そして社会的に「困った人」になってしまう
多分そういうことなのだ

ツイッターから出来上がった見えない障害バッチ
ツイッターで活躍する大野さん他、幾人かの文章
それらが集まったサイトがボチボチ動いています
★わたしのフクシ。
http://watashinofukushi.com/

見えない障害バッチ、人の間をつなぐツールになればよい
助けるのはその人が困っているからであって、障害だからではないはず
障害に甘えそうになる自分を知っているから、私は遠くから見守る
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2011.10.13 Thu l ■悠の日々 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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