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心臓病の子どもの家族の生活を映す番組を何となく見た。(2夜連続)


3歳の病児は酸素が必要で病状は厳しそう。

ご両親と下の子と揃っての通院、ああ、いいなあ、母ひとりで頑張らざるを得なかった私の頃とは違うなあ。

そこまではよかったけれど。


病院以外は他人の姿が見えない。

通院は車、家は子どもにいい空気を、屋内で歩き回れるように、と郊外の一戸建てに引っ越し。看護を優先して仕事はアルバイト…。

地域にも職場にも、人のつながりがなさそう。


今だけをみたらそれでもいい。だけど。大人のどちらかが今と同じには動けなくなった時、どうなるんだろう。怖い。

番組は淡々と様子を映すだけで、家族愛を強調していないことが救い。


私は3歳まで歩けなかったというから、行動の制約は似ている。けれど、通院は電車だったし、年上のきょうだいが幼稚園に通っていたから、社会との接点があった。

感染が心配だから守りたくもなる。車の運転が当たり前にできるから、人混みに出さずにすむ…。

そうして今は家族が孤立しやすいのだと、つくづく感じる。明日は周囲の人が出てくるだろうか。


NHK教育 20:00~30 福祉ネットワーク

再放送あり

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2007.02.19 Mon l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

◇いじめ

“あるある”や不二家の報道は目に余った。

何かあったところへ、別の些細なことまで挙げたりして。

やってはいけないことがあったのは確かだけど、

悪いところばかり伝えるのは、人格否定するようなもの。

不二家製品に虫が入っていたとのニュースを聞いた時は、

食べ物に混じっていたかと思ったら、包装の外だった。

あってほしくはないけれど、最初の事件とは質が違う。

これからを考える時に、ただ騒いでは邪魔になるだけ。

子どものももちろんだけど、こんないじめもなくさねば。

◇医療ミス

病院で治療の時に起きたら、みんな医療ミスなのかしら。

単純ミスの重なったようなのは、なくすべきものだけど、

難しい判断を迫られる状況で患者が亡くなったことまで、

ひとくくりにしているから、それでいいのか疑問に思う。

だからいっそのこと、医療ミスという言葉をなくしたい。

医療者に過剰な責任を押し付けないために、

問題はなんなのかをハッキリさせるために。

◇差別用語狩り

痛いほど不快な言葉はあるけど、使い方を問いたいから。

イザリウオの名を変えると聞き、それは何だか変と思った。

動作まで差別用語なら、いざることを何て言えばいいの?

つんぼ桟敷ときけばその状態におかれた人のかなしさが、

その短いひとことで思い起こされるように、

イメージで理解できることもあるのだから。

言葉の伝える力を、よく使うも悪く使うも扱う人次第。

ただ言い換えだけになるなら、しない方がよほどいい。

2007.02.01 Thu l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

思いついて、点訳を検索してみた。

一度しっかり習いたいと思いながら、未だに機会がなくて。

テキストを片手に個人的に点訳したことはあるけれど、

きちんと読めたのかなあ、間違っていてもわからない。

でも、やはり私はなかなか関われそうにはないみたい。


書かれた文字を点字にするのは、翻訳と思うのだけど、

必要性も高いはずだけれど、仕事にはなりにくい。

仕事として成り立つしくみは作れないのかな。

朗読も、要約筆記も、手話も同じ、翻訳・通訳。

通訳は、いくら性能のいい機械ができても、人が勝る。

だから、身につけておきたいものだけれど。


障害のある方と健常といわれる人の社会との間に

通訳が要るなら、専門家と一般人との通訳もあっていい。

日本語は使っても、文化の違いが大きいのだから。

専門家とのやりとりに、ものの捉え方の違いを肌で感じ、

相手に伝わるように言葉を選ぼうとして苦戦中。

返したくてもすぐ返せなくて、通訳がほしくなる。

ああ、もどかしい。

こんな時の私は異邦人。

2007.01.31 Wed l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

いろいろと思うことはあるものの。


生産消費者という概念があることを教えてもらい、興味を持つ。トフラーの著書がはじまりらしい。第三の波も、しっかりはわかっていないのだけど、なるほどと思うもので。富の未来かあ、きちんと著書に当たってみたい。


先日、ある講演を聞き、人を支えるのに必要なことが少しみえた。と言っても、実際に対応するときには応用しないとならないので難しいのだけれど。

コーディネーター13の条件に頷きながら、夢を語るかあ、人にも希望を与える夢を語れたら強いなあ、と。私もめざしたい。


今年初めての本を読了。推理だけどファンタジー。最後には夜空の下恋人たちに素敵な未来の予感。

ああ、私に欠けているものが。今年こそは。

2007.01.24 Wed l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

一つのテーマの人脈を辿る新聞連載で、神戸の震災の話題。

最初は、なんとはなしに見ていたけれど、

震災がきっかけで通信紙が届くようになった場所が目に入った。

私の事情が変わって、縁が途絶えたのだけれど、

そう、まだ活動していたんだね。

独り暮らしの方に手紙を届けるという、地道な活動。

何もかもが壊れてしまった中で生き永らえたけれど、

孤独な状況にある方に対する、何より大事な支援を。


もう、忘れかけている。

当時はさまざまなボランティア募集の情報があった。

震災から数年後の春、被災地の方におひなさまのカードを届けたいという

呼びかけなどが、新聞に載っていた。

けれど、いつしか、そんな情報を目にすることもなくなった。

今も続いているのに。

震災をきっかけにつながっている縁はあるのだけれど、

今は届いた通信紙をさっと見るだけになっている。

もう少し、ほんの少し、しっかり見てみようかな。


私が当時と同じ暮らしをしていたなら、

家でできることを探したに違いないけれど。

できる人が、できることを、無理をせずに。それがボラ精神。

私が今できるのは、関心を持ち続けること。

2007.01.17 Wed l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

卒業したら(できたら)一区切り、しばらく休もうと思っていたのだけれど。

何だか、もっと勉強したい気分になり、通信制の大学の案内を見ている。

でも、私が興味を持っているのは、特定の分野では納まらないので、

一体どうやって適当な場所をみつけたらいいものやら。


見ていきたいことは、患者と周囲との関係いろいろ。

1.患者と医者:生まれつきの慢性疾患なら、医師とは生涯に亘る付き合い。

ケアする人との関係といえば、一般には親や家族、生活をともにする人。

でも、医療者は位置が違う。身体への踏み込み方も違う。

そんな特殊な関係を長年続けるというのは、今までなかったこと。

病気の子どもが当たり前に生活できるようになって起こったこと。

それはどういうことなのか。とことん追求してみたい。

2.患者と世間:病気があれば、病気の人と見られる。

そこで、無理をするなと言われて過剰に守られたりする。

逆に病気があることで配慮が必要な場合でも、

気づかれなかったり、自身でどうにかしなさいという反応もある。

病気があるから巻き起こる、これらのことで、なかなか過ごしづらい。

とはいえ、対応していかなくてはならないことだから。

それはどういうことなのか。冷静に追求してみたい。

3.患者と病気:病気って、あいまいでわかりづらい。

人と同じように動けないようだととらえることはできても、

本当にできないかと考えたら、やってみるしかないのだし。

病気それ自体をどう見ていくか、どう付き合うか。

他の人はどうしているんだろう。知りたい。

4.患者と生死:病気で死と向き合う機会があるから。

どうやら健康な人とその辺の感覚が異なるらしい。

周囲から年齢からしたら早いと言われたこともある。

本当なのかどうなのか。できれば追求してみたい。


こう書いてくると、

たまたま病気で生まれてきたから巻き起こった事柄をきちんと検証したい、

というのが、全体のテーマか、と思う。

これって、心理?社会?看護?・・・・こういった研究はあるの?

1は、医療者の側の講義はあるけれど、患者の本音は遠そうだ。

2は、社会学か社会心理学なのか、曖昧模糊。

3は、看護学などで話題になっていそうだけれど。

4は、死生学だったか、何かあったかも。

心理学は、個人の側に光をあてる/社会学は、社会の側に光を当てる、

看護・医療は、ケアする側の観点。

どこへいっても、最後にたどり着くところは案外同じかもしれないけれど。

専業学生できればいいけれど、

生活をしながら勉強するという、難易度の高い設定なので。

(しかしまあ、生活の足しにならないことを)

とにかく、まずは、

師匠となる人はいるのか、適切な場所はあるのか、どなたかアドバイスお願いします。

2007.01.17 Wed l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

成人の日って、15日の月曜にならないのは、なぜ?

今年は15日になるのだとばかり思っていたけれど。

日本の伝統文化を壊してしまったのではないかい、

ハッピーマンデーは。月曜のゴミも困るんだよね。


正月休み明けにまた休みで、調子がちょっと狂う。

家で過ごし、ネットやミクシィの探索にはまった。


難病系のサイトで、当事者の声を集めた冊子をみつけ、開いてみたら…。

表紙の訴えるインパクトもさることながら、ページ数100!

関心がある人でも驚くと思いますが、内容をみたら、

周囲の人へのお願いと団体URLなどの資料でした。

アンケートで集めた意見をきちんと分析していて、とても貴重なものと思いますし、

それぞれの意見を入れたい、まとめてしまうのは忍びない気持ちも十分わかります、

読みやすくする工夫もされています。

でも、内容を知ってもらうには、対象者を明確にするとか、内容を絞るとか、

もう少し違うかたちの方がいいように思いました。

めざす方向は同じなので、少々辛口意見でした。

□難病障害見本市HP:http://www.mihonichi.org/


私は、手助けする時にも気持ちの揺れが起きるの経験しているので、

お願いとかこうして、というよりも、一緒に考えてください、と呼びかけます。

障害のある人は、細かな大変さを感じながら暮らしていますが、

健康な人が気がつかないことは罪ではないはずだし、気配りできることも一種の才能ではないでしょうか。

私たちが呼びかけている「Withus・・・」では、人をつなげられたらいいなあと思っていますが、

現在停滞中、どうしたら広げていかれるのか、思案しているところです。

□With us・・・ 外見では わからない障害を知ってください

http://withus.at.infoseek.co.jp/

2007.01.08 Mon l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

*今年は

穏やかな新年となりました。

本年もよろしくお願いいたします。

去年から五年手帳につけているメモ日記が一巡、前年を見ながら書けると楽しみ。

この手帳が終わる頃までに実現したいことをいくつか思い浮かべたり。

一歩ずつ歩を進めていきたいな。

2007.01.01 Mon l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

いろいろなことがあった一年でしたが、無事に年越しを迎えました。

見てくださっている方、最近あまり書けなくて、コメントのお返事もなかなかできず、ごめんなさい。

のんびりマイペースな私ですが、今後もどうかよろしくお願いします。

来る年が健やかなものでありますように。

2006.12.31 Sun l ・旧日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

3つのUSBがふさがりそうな勢い。

初代パソ君には普通についていたFDドライブと、

専用コネクタだったプリンタを付けたから。

コードがとぐろを巻いている。

まあ、しかたないか。

プリンタ君も最近だいぶくたびれているらしく、

新たな印刷用紙を送る度に、止まってはエラーを出す。

しっかりしてくれい。

某点訳ソフトをダウンロードしたけれど、

EXEファイルをクリックしても動かない。

メールソフトで一度送受信動作が完了した後に

再び送受信をしようとすると、うまくいかない。

ええぃ、なんなのだ。

対策はあるのかないのか、OS×ソフト自体に、

微妙にそこそこのクセありとみているけれど、

おせっかいXPのせいと思ったりしている。

シンプルイズベストのソフトがほしくなる。

2006.12.09 Sat l ・旧日記 l コメント (1) トラックバック (0) l top
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